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福田研の歴史

 投稿者:-概説-  投稿日:2010年12月30日(木)02時09分22秒
  Langmuir-Blodgett(LB)膜研究を看板として打ち出す研究グループが数ある中で,
埼玉大学の福田清成,中原弘雄グループを『我が国におけるLB膜研究の本家・本元』
と称する人間は少なくない.

年代的なこともあるが,「理学部化学科」という立ち位置から,あくまで基礎学問
にこだわって研究を進めた当該クループの姿勢も,それを後押ししているのかもし
れない.

研究グループ開祖の福田が埼玉大学でその礎を築いたのは,師である鮫島實三郎が
東大理学部を退職し,埼玉大教授に赴任した際,福田を講師として共に着任させた
ことに端を発する.時は昭和29年,福田清成28歳の春だった.

現在の理工系学生諸氏が鮫島の名を思い浮かべるのは,「物理化学実験法」の著者
であることであろう.日本化学会の欧文誌を創刊し,会長を2回務めた我が国におけ
る化学分野の”偉人”であるが,福田は幼少期の記憶を手繰るに,「誤って鮫島研
に野球のボールを投げ込み,その時窓から顔を出したのが,今思えば鮫島先生だっ
たように思う」と不思議な因縁を語っている.

埼玉大着任当初は「昼間の鮫島,夜の福田」と学生に揶揄されるように,鮫島の帰
宅時間頃に福田が研究室に姿を現わし,夜を徹して研究を行っていたとされる.現
在では福田は米国ISI社選出のhighly cited researchersの1人として物質科学分
野の著名研究者に名を連ねる業績を残したが,直系の中原弘雄によると「福田先生
の博士論文は抗原抗体反応に関するものだった」と話している.鮫島の仕事は,
「混合液体の蒸気圧,木炭や鉱物類などによる気体の収着,油滑性などの研究(コロ
イドおよび界面化学部会web pageより)」とされているが,福田が生体高分子にロ
マンを抱いていたことの裏付けかもしれない.

既に絶版となった「超薄分子組織膜の科学-単分子膜からLB膜まで-」(講談社サイ
エンティフィク発刊)には福田を筆頭に,柴崎芳夫,加藤貞二,そして中原の名前
がある.この書籍は今では古本店のみでしか手に入らぬが,日本語で書かれたLB膜
研究の入門書としては非常に優れた参考書だ.中原の兄弟子である柴崎と加藤は,
共に一時期東京大学の故・神戸博太郎教授のもとで学び,高分子化学や高分子化合
物の熱測定に関する修行を積んだ.加藤はいち早く宇都宮大学に籍を移して独立し,
柴崎は高分子研究を推進させたい福田の望みもあり,埼玉大学に呼び戻された.界
面化学・分子性組織化膜の分野で名を馳せた福田・柴崎・中原の研究グループが,学
内では寧ろ「高分子研」と呼ばれていたのは,そうした福田の「高分子へのロマン」
を示すものであろう.

加えて述べれば,2000年を向かえたミレニアムとして,Adv. Colloid Interf. Sci.
誌に福田が久々に記した総説は,「気/水界面,並びに累積膜中におけるアミノ酸誘
導体の重縮合」に関する内容であったし,弟子の中でも柴崎は,界面化学本筋という
よりは,両新媒性能を持つ機能性長鎖モノマーの放射線固層重合と熱解析を中心に研
究を行っていた.こうしたことも福田一門の「高分子へのこだわり」がみてとれる.
ちなみにAdv. Colloid Interf. Sci.誌への総説は,福田,柴崎,中原に加え,弟子
の劉鳴華が連名となっている.福田一門の特徴として,大学・国立研究所といったアカ
デミックポストへ排出した弟子の少なさがある.自国の研究所で現在も活躍する劉を除
けば,恐らく現在,国内に「福田一門」といえる研究者は,加藤貞二の直弟子である宇
都宮大・飯村兼一,埼玉大大学院修了後,当時は高校教師の立場で旧武蔵工大・小林光一
教授の下,研究を続け,中原から論文博士を取得した東京都市大・高橋政志,そして柴崎,
中原の両方の指導を受けた直弟子の山形大・藤森厚裕の3名だけであろう.

柴崎はメイン学会として熱測定学会を位置付けており,退職の折には横浜開催の熱測定
討論会において,親睦深い小澤丈夫博士の座長の下,総合講演を務めた.彼が教授時代
に助手に採用した齋藤英樹は,日本熱測定学会の重鎮であった東京工業大学・阿竹徹教
授から紹介を受けた,旧東京都立大・池本勲研出身の結晶構造解析の専門家であった.
柴崎自身は両新媒性能をもった材料を用いていながらも,どちらかといえば,長鎖ビニ
ル化合物の重合と,得られる櫛型ポリマーの固体構造と物性に学問的興味が寄っていた
ことを示す事実であるし,寧ろ福田はそうした研究分野に関わることを望んでいたのか
もしれない.

一方,中原はマックス・プランク研究所のハンス・クーンのもとで2年間修行を積み,
J会合体色素LB膜の学問分野を,後に桐蔭学園横浜大学教授となる杉道夫博士と共に牽
引・先導することとなる.杉一門も国内のLB膜研究では数々の優れた人材と研究業績を
残しているが,これはそれ以前は界面化学のみの興味の対象であった水面上,あるいは
固体基板上の単分子膜に「機能持つ分子組織体」という新しい概念を与えたハンス・ク
ーンの偉大さを示すものでもあろう(一部,産総研・池上敬一博士のHPを引用).福田・中
原グループの論文で最も引用件数が多いのは,所謂「水平付着法」を世に示したアント
ラキノンLB膜の論文とされるが,実は中原が筆頭で記したJ会合体色素LB膜に関する論
文もそれに次いで引用度が高い.

ところで,柴崎,加藤,中原らが独自の研究哲学を打ち出して成長・成功する中で福田
がそれを永きに渡ってまとめ上げ続けられたのは,福田のもつ”学者としてのカリスマ
性”を指摘する者が多い.大学教授としての福田の豪快なエピソードには事欠かない.
学生から”福田節”と銘打たれた講義の名調子は,もはや学問というより浪曲にも等し
く,とくかく長い.国際学会で乾杯の音頭を任された際.彼が「私が国際舞台で学んだ
ことはショート・スピーチングが良いということだ」と話せば,各国の研究者から笑い
が漏れるし,教え子の結婚式において福田の話を緊張し続けて聞いていた花嫁が,その
あまりの長さに倒れた例が2度ある.国際的・社会的も”話し出したら止まらない”,溢
れんばかりのアイディアと話術を有していた.また,理学部長を務めていた折,学生運
動員が退去してつめかける中,正に「学生に切りつけられる覚悟で」最前線に出て交渉
し,大学と学生とを守った”男気”も語り草である.

埼玉大関係者によれば,直弟子の柴崎と中原にも話題豊富で話が長い傾向は多分に見ら
れたそうだが,講義の上手さは柴崎,研究能力は中原,という位置付けだったらしい.
柴崎の人柄はとにかく人に好かれ,中原の存在は当該研究分野では他者が無視できぬも
のであった.宇都宮大の加藤はコロイドおよび界面化学部会の部会長を務める等,学問
だけでなく,埼玉大グループにはなかった学会への貢献と政治力に長けていたとされる.
加藤の場合,理学部から工学部に籍を移し,界面物理学という視点から化粧品業界や潤滑
剤業界への貢献も深かった.直弟子の飯村は1年間のマックス・プランク研究所での修行
経験から放射光X線回折と,バイオ系の脂質LB膜の分野でその研究の幅を広げている.

中原の場合,得意のJ会合体色素LB膜の研究だけではなく,福田研の直系としてアミノ
酸の重縮合や脂質LB膜の蛋白吸着,ジアセチレンの色相転移など,高分子分野の分子性
薄膜研究も引き継いだ.彼が教授となって初めて採用した助手は,ジアセチレン研究に
対し,放射光NEXAFS(X線近傍微細構造分光法)で共同の仕事を残した,名古屋大学の故・
関一彦教授の弟子,荒木暢博士であった.関教授は中原の兄弟子である柴崎が熱測定の
分野で心酔していた関集三教授の実弟であり,こうしたつながり興味深い.荒木博士は
学位取得後,理化学研究所で,原正彦主任研究員(東京工業大学教授)の下,自己組織化
単分子膜(SAM)の研究を行っており,埼玉大学でそれを立ち上げたが,早期に海外の放射
光施設でのポストを取得し,長期の修行の後,豊田中央研究所に入所したとされ,現在
では高分子薄膜に関する研究業績が顕著である.

荒木博士の後任として中原の助手に就いたのは九州大・荒殿誠研出身で,徳島大・金品研
で勤務していたヴィレヌーヴ眞澄美博士であった.彼女は表面張力の研究を主とし,熱
力学と数学,英語に長けた能力を持ち,晩年の中原研を盛り上げた.

ところで,中原の退職に関してはこんなエピソードがある.もともと中原はてんかんの
持病があり,自動車免許の取得などは叶わなかった.きっかけは幼少期に自宅の2階から
転落した事故によるものであったが,教授になってまでも自らの手で実験を繰り返し,
事実をもって仮説を証明するハードワーカーの中原にとって,この病は常についてまわ
った.平素にはその影響は見られぬが,疲労が溜まると体の自由が利かなくなる発作が
起る.助手の荒木,ヴィレヌーヴ,JSPS(日本学術振興会)によるインドからのポスト・
ドクターでScience誌にも掲載実績のあるKrishunu Ray,博士課程学生からJSPSのポス
ドクとなった藤森等,彼をサポートするスタッフは増えたが,年齢を重ねるに連れ,発
作の傾向は酷くなった.

そんな時,人間ドックにて中原の喉に良性ではあるが癌が見つかった.この切除手術は
成功したが回復まで一時的に中原の体力を大きく奪うこととなる.都内からの通勤を続
け,研究室ではめいっぱいに働く中原は,ある週末の帰宅電車の中で長時間の発作に襲
われる.この際に酸素不足が続いた影響により,彼には記憶の障害が残った.その後,
日常生活では常人と変わらぬ生活に戻ったが,大学教員・研究者として勤務するには些か
物忘れが激しくなる状態がネックとなり,福田や柴崎が行ったような厳かな最終講義や,
華やかな退官記念行事の開催を断念した.

こうした不幸から,家庭療養を続け,休職していた中原であったが,ヴィレヌーヴ,
更には当時D3で,現・ブルカーエイエックスエス社の研究員である塚本修氏の提案に
より,退職前に福田,柴崎を初め,山形大で職を得ていた藤森,その他中原研独立後
の卒業・修了生,在学生が集まり,学内テナントに構えられたレストランで身内のみ
の小規模の退職記念会が行われた.ここにはLB膜構造について,X線回折を利した初
期の研究論文が高いcitationを示している塩沢豊志氏や,固体錠剤からの単分子膜展
開の研究で齢80を超えて学位を取得した町田勝持氏等,福田研を支えたOBも顔をそろ
えていた.この日の中原の体調はすこぶる良好で,福田研時代からの話に花が咲いた.
このころ福田は日本野鳥の会副会長という,趣味の分野でも彼らしい荘厳な肩書きを
手にしており,春を間近に控えた浦和の地での自然を楽しむ”福田節”が,懐かしく
大学内に響いていたという.この時撮影された写真を,福田の孫弟子に当たる藤森が
国内のLB膜研究者に送り,中原が大学教員としての任を終えたことを報告したという.
その後,福田研の設備はヴィレヌーヴと藤森にそれぞれ配分され,一部の研究はヴィ
レヌーヴがそのまま引き継いだものの,LB膜研究で名を馳せた埼玉大の組織分子膜研
究グループは,ここで一旦その幕を下ろすこととなる.

しかし,中原より1年先に宇都宮大を退職した加藤の実弟・飯村兼一は,その加藤の土
壌を引き継ぎ,日本化学会やコロイドおよび界面化学部会への貢献が著しく,藤森も
山形大で独立してLB膜研究を推進している.間接的ではあるが,この藤森は埼玉大学
において,柴崎・中原両名から福田イズムを強く受け継いだ.また,彼が当時着任した
のは日本レオロジー学会長を務めた増子徹教授で,高分子固体構造を専門としていた.
こうしたことから,特に高分子LB膜の基礎構造学については,彼の研究のメインパー
ツを占めているようだ.東京都市大・高橋政志は色素LB膜から長鎖アミンへのTiO2吸着
による光触媒性の研究を行い,油化学分野への貢献も深い.また,旧柴崎研助手の齋藤
英樹は,その後埼玉大学分析センターの講師として,彼が得意とする単結晶X線構造解
析装置の運営・管理などで手腕を奮った.福田一門が残した若い人材という遺産は,師
の手を離れ,独自に輝きを放とうとしている.

ここまで,聞き伝えの取材で「埼玉大学の界面化学研究室-福田清成一門-」について
まとめてみた.実はこの研究グループを語るには,紹介するに足るまだまだ多くのエ
ピソードや研究業績,キーパーソンの存在がある.福田の退職記念文集でもある「真
昼の月」はこうした歴史を紐解く上で大変興味深い情報が集約されている.理工系の
学生諸氏にとっては鮫島の名著ならずとも,「実験化学講座」や「新実験化学講座」
のそれぞれ一章分の著者としても,福田や中原,塩沢の名は目にするはずで,身近な
興味をそそるのではないだろうか?かつて「世界で5本の指に入る」といわれた分子性
薄膜の研究グループの業績は,今後の私達に何を残してくれるのであろうか?

それを更に知るために今後更に,当該グループの取材を深めていきたい.
 
 

幸せは

 投稿者:もしかすると  投稿日:2009年 4月18日(土)00時09分10秒
  目に見えて感じるものではなく,気がつかないうちに訪れている,素朴で
地味なものなのかも知れません.

不幸は一瞬で派手に現れるものだからその印象は強いけれど,継続した生
活の中にいつのまにかやってきて,すぐ隣にちょこんと腰掛けている「幸
せ」こそ尊いのかも知れません.
 

HP

 投稿者:D1  投稿日:2005年 5月25日(水)17時00分0秒
  メンバーのページを更新しました.
これからゆっくりと更新していきたいと思います.
 

(無題)

 投稿者:会長  投稿日:2005年 1月 7日(金)11時00分24秒
  遅れましたが、みなさんあけましておめでとうございます。
これからM2、B4の皆さんは忙しくなると思いますが、頑張って下さい。
 

放射光より

 投稿者:藤森厚裕  投稿日:2004年12月17日(金)17時00分35秒
  中原研の皆様,こんにちは.
筑波・高エネ研放射光マシンタイム真っ只中の,山形大・藤森です.

早いもので,今年もあとわずか.
喪中はがきでも書いて,部屋の片づけをして,のんびり新年を迎えたい・・・
と,思っておりましたが,結局この時期眠れぬ忙しさに追われております.

先日,貴研究室で温度制御in-plane XRD測定をさせて頂いた試料を,今回は
温度制御NEXAFS測定にて評価することに挑んでおります.上手くいってくれ
れば良いのですが・・・

今年はマシンタイムがあけたら,研究室の中間報告会,日本大(駿河台)での
学会発表,そして担任教官としての学科1年生の専修コース配属業務と,息つ
く暇がありません.

せめて,年明けくらいはのんびりしたいと思う今日この頃.

中原研の皆様も健康にはお気をつけられて,研究に励まれてくださいね.
それでは,失礼致します.
 

いつのまにか

 投稿者:会長  投稿日:2004年12月16日(木)11時22分56秒
  超音波洗浄器、復活。

次は、トラフ2台が終了。常に何かが壊れている。
 

超音波洗浄器

 投稿者:会長  投稿日:2004年12月 2日(木)13時58分29秒
  まだ買ってもらえない。てゆーか買えない?  

ソフトボール大会

 投稿者:会長  投稿日:2004年11月15日(月)17時47分53秒
  行きたかったー!  

ソフトボール大会

 投稿者:M2  投稿日:2004年11月14日(日)13時40分35秒
  1回戦負けでした.  

超音波洗浄器

 投稿者:中原研  投稿日:2004年11月 9日(火)10時11分31秒
  終了!  

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